2010年夏、私はヒマラヤ山脈に抱かれた、北インドのラダックの小さな村に暮らしていた。
標高約3500メートル、空気は平地の半分しかなく、朝から夜の間に春夏秋冬がある温度差の激しい山岳地帯だ。
空気は薄い。太陽が近い。ぐるりと回ってみても、岩山と突き抜けるような空しか見えない。
澄みきって高い昼の空があり、星が今にも落ちてきそうな夜空があった。
そんな厳しい大自然の真っ只中に生きる人々がいて、隣の誰かの温度を感じる暮らしがあった。
昨年5月末にラダックへと旅立ち、10月に日本に帰国して、半年フリーターをして春に学校に戻った。それから半年が経ち、今に到る。
そもそも私がラダックに行くこととなったきっかけは、「自然の真っ只中で自然とともに長く生きてきた人々」とともに暮らしてみたい、その非日常を自分の日常として感じてみたいと思ったことからだ。
日本が、息苦しいと感じていた。
お金がないことが死に直結すること、広告を打たないと売れないモノ(=本来は不必要かもしれない)の氾濫、自然との断絶、まるで内戦状態かと疑うような自殺者の数。
社会、世間体、資本主義、マネー、仕事、それらがこの大きな宇宙から見たときに、いったい何だというのだろう。これだけ環境を破壊し、人口を爆発的に増やして、それでもまだ飽き足らない私たちは、いったいなんなのだろう。
ただ生きていくだけではいけないのか。なんでそれが許されないような風潮なのか。
なんのために生きるのか。ひとまずさまざまな(日本の、細々とした、社会的)制約から抜け出して、まっさらになって考えるためには、どうすればいいのか。そんな思いが私の中で募っていった。
自然の中で、自然とともに生き続けてきた人々の智慧に触れてみたい。その暮らしの中で自分がどう感じ、考えるのか知りたい。そこでその暮らしにも疑問を持つのなら、それはそれでいいのだ。
結局私がラダックに行く口実としたことは
・人間の自然への負担を最小限に抑える生活と、その条件を知る
・自然の中で育まれるその精神世界を知り、感じる
ということだった。
歴史上にも自然との共存を果たせずに、崩壊していった文明は多い。それが村単位なら相当数に上ることだろう。しかしその一方で、何百年、何千年と言う単位で存続しているコミュニティも存在する。
絶対的に自然に依存する生活とは、生活基盤とみずからの精神基盤を自然の中に置いているということではないだろうか。自然を損なうことは、すなわちみずからの生活を崩壊させることに他ならない。
自然と上手く共存し、長く続いてきた村になら、私の疑問への鍵があるのではないか、と思った。
さらに、自然の中の暮らしではぐくまれる精神的世界にも興味があった。
以前イヌイットの研究をされている大村敬一先生の講演を聴いたときに、このようなことをおっしゃっておられた。(私がこのように受け取ったので、もしかしたら間違いかもしれないが)
イヌイットにとっては、例えば人間の「本質」はあらかじめ決まっているものではなく、「振る舞い」によって決定されるものだと言う。人間は人間のかたちをしていたとしても、人間らしい振る舞いをしなければ人間とは言えず、クマはクマとして振舞うからクマであるのである。
↓
形ではなく、大切なのは振る舞い、行い
本質は決まっていない
これらは自分が変身してしまうという不安要素でありながら、自らの振る舞いによって美しくも醜くもなることが出来る、世界もまたそのように変化しうるという希望でもある
これは現代社会にはないけれど、洗練された考え方であるとともに、私にとっても希望となる考え方であった。
そもそもこの世界に生まれてきて確かなことといえば、自分が生きていること。それだけだと私は思う。世界の見方も、考え方も、誰かに押し付けられるものではないし、自分でつかみ、振舞い、作り上げていくしかないのだと思う。
自然に命を預けて暮らす人々が、いったいどのような感覚で生きているのか、自分の肌で感じてみたい。そして私はラダックへと向かい、中心都市から遠く離れた岩山の小村ハヌパタへと飛び込んだ。






